元スピードスケート選手/長野五輪 スピードスケート男子500m 金メダリスト 清水 宏保(しみず ひろやす)さん

20年前に開催された長野オリンピックに出場し、スピードスケート男子500mで日本人初の金メダルに輝いた清水宏保さん。2018年の平昌オリンピックでも競技の解説を担当したことを覚えている人も多いのではないでしょうか。そのわかりやすさが視聴者から好評を得ていました。リレハンメル、長野、ソルトレイクシティ、トリノと4度の冬季五輪に出場し、2010年に36歳で現役引退した後は、大学院に進んで再び学びながら、自身のセカンドキャリアを医療分野で開拓中の清水さん。トップを極めたアスリートならではの学びとキャリア形成について語っていただきました。

感覚と知識の融合がメダルに近づく原動力となった

平昌オリンピックでは、解説者などで活躍されていましたね。

清水 宏保さん(以下 清水)

今回は、平昌には3回行きました。JOC(日本オリンピック委員会)が主体となって子どもたちを大会に帯同する「つばさプロジェクト」という取り組みを行っていて、その団長として帯同しました。前半はそちらがメインでしたが、後半は解説者として、2回に分けて行かせていただきました。

今回のスピードスケート女子選手の活躍は、かつてのご自身に重なって見えた部分もあったのではないでしょうか。

清水

そうですね。小平奈緒選手は、僕が長野オリンピックで金メダルを取ったシーンを見ていましたと言ってくれました。そんな選手の皆さんが金メダルでウイニングランをする姿とか、センターポールに日の丸が上がっていく光景を見ていると、いろんな想いが巡りましたね。

同じスピードスケート500mの金メダリストとして、小平選手とはレース後に何かお話をされたんでしょうか。

清水

感覚と知識を融合させているというあたりが、僕とよく似ているねというような話をしました。ただ漠然とトレーニングするだけじゃなく、身体に関する学問からの知見を合わせるなど、アスリートとしての感覚と知識や理論が融合することによって、いろいろな結びつきが生まれるんです。何のためにどこを鍛えているのか、それがどういう風にスピードスケートの技術につながっていくのか、ということですね。トレーニングに対する理解、そしてケアに対する理解が生まれてきますし、調整方法とかスランプなどへの対処法とかにも、つながってきます。

日常的にそのことを意識していると、選択肢が増えていくということですね。

清水

まさに、どう向き合ってきたかが、後にしっかりと生きてくるんですよ。小平選手は、理学療法士や作業療法士といったセラピストのように、身体に対して深く考えているように見えます。

清水さんご自身はどのように学問と融合したのでしょうか。

清水

僕は現役時代に怪我したタイミングだったのですが、大学の講義で学んだ解剖学の知識がつながりました。今は介護事業で、トレーニングジムや介護施設を経営していますが、それも大学時代や現役の間に学んだことがつながってきています。

大学で出会った解剖学がトレーニングにつながる

そんな大学時代には第一線の選手としてオリンピック(1994年リレハンメル)に出場されています。そもそも大学進学を決められたのは、どんな理由からだったんですか?

清水

高校は白樺学園高校で、スケートの強豪校でした。当時はインターハイ優勝や国体優勝、高校新記録などをマークしていました。ですが、実は父が高校2年のときに亡くなっていて、一時は大学進学を諦めかけていたんです。
ただ、“亡くなった父が(僕を)日本大学に行かせたかった”と、母が後押しをしてくれたんです。父は地元・北海道の帯広で建設業を営んでいたんですが、仕事仲間の方々に日大の出身者が多かったんですね。それで将来の人脈にもつながると考えていたようです。またスケート部も強くライバルも多く在籍していることもあって、“あえて厳しい環境を選べ”とも言っていました。幸いにも奨学金をいただけるようになり、日本大学文理学部体育学科に進んだんです。

スピードスケートW杯に初出場したのは1993年イタリア大会で、なんと初出場で初優勝も成し遂げています。当時は大学1年生でしたね。

清水

そのころは単位をとることだけに終始していた緩い大学生でしたね(笑)。教員免許取得課程も取っていたので、スケートとの両立は時間的には厳しかったんですが、何とか頑張っていました。ただ、3年次に解剖学実習というものがあって、医学部に検体を見に行く授業があったんです。そのときに身体に対して興味が湧いてきて、解剖学っておもしろいんだなと感じるようになりました。

そのあたりから、学問を意識し始めた、と。

清水

学びがスケートに直結してきたことも大きかったですね。先ほど話した感覚と理論の融合です。そうなると心理学や社会学などもおもしろく思えてきて、後々振り返ってみると、それがセカンドキャリアとなる現在の仕事(介護事業)につながっていたんだなという感じです。スティーブ・ジョブズは「点と点が将来どこかでつながる」と言いました(編注: 2005年、スタンフォード大学卒業式でのスピーチ)が、まさにそれ。大学の授業はいわば点と点じゃないですか。その時は、それが将来につながるかなんてわからないですよね。

解剖学が、アスリートとしてのご自身に共鳴したんですね。

清水

学びを深めていくと、自分のトレーニングにつながっていきました。以来、解剖書を持ち歩くようになりましたね。
自分の身体を知ることが、長く現役を続けるためのモチベーションにもつながっていました。

元スピードスケート選手/長野五輪 スピードスケート男子500m 金メダリスト 清水 宏保(しみず ひろやす)さん