ジャズ・ミュージシャン/洗足学園音楽大学講師 多田 誠司さん

国内外問わず、数々のレジェンドと共演を果たすジャズ・ミュージシャンである多田誠司さん。“ライブ・ミュージシャン”として、1年間で250本以上のライヴやコンサートをこなす傍ら、洗足学園音楽大学では長きにわたって教鞭を執っている。そんな多田誠司さんに、学生時代のことや普段の活動、授業の様子などについて、お話を伺いました。

大切なのは“ライブ勘” 毎日でも演奏していないと不安

世界的なトランぺッターである日野皓正さんをはじめ、フィル・ウッズやブランフォード・マルサリスなど、国内外におけるジャズ界のレジェンドと共演を果たしています。

多田 誠司さん(以下 多田)

ありがたいことに、いろんなミュージシャンと共演する機会があったんです。日本でいえば、トロンボーンの向井(滋春)さんやサックスの土岐(英史)さんもそう。彼らがとなりで1音出した時に、「もうこれはかなわねぇな」って思った(笑)。共演したレジェンドたちは、亡くなってしまった方もいるんだけど、そういう経験はまさしく宝。今の自分にいろんな影響を与えているんです。

そんな多田さんは、ベテランとなった今でも、1年間(2016年4月~2017年3月)で256本ものライブやコンサートに出演されています。月平均が20本超という計算になります。

多田

数えたこともなかったです(笑)。でも、ジャズ・ミュージシャンっていうのは、ライブ・ミュージシャンだと思っているから。月1本の大きなコンサートがあって、それに向かって練習するっていう類のアーティストじゃない。たとえばサッカーの本田圭佑選手が、所属チームで出場機会がなくて試合勘が鈍っていると言われていますよね?“ライブ勘”っていうのかな。ジャズ・ミュージシャンは、まさにそこが重要。もちろんそれはライブを重ねないとどうしようもない。“ライブ勘”が土台にないと、即興音楽と言われるジャズのライブとして成り立たないから。だから“ライブ勘”を鈍らせてしまうのが怖くて、毎日演奏していないとどこか不安になるんです。
まぁ、こんなベテランになってまで、そんなにライブをやらなくていいじゃないですかって言われることもあります。洗足学園音楽大学やミュージック・スクールでの講師業務もやっているけど、自分自身としてはレッスン・プロではないと思っているし、常にライブをやり続けることが、自分自身にとっては日常なんですね。たまに、意識して本数を減らすこともあるんだけど、「俺はこんなに毎日時間があっていいのかな」って不安になる。まぁ、普段できない練習や勉強に時間を回すことができたから、結果的には良かったんだと思います。

ジャズのアドリブ力を磨くことは受験勉強と似ている部分がある

ライブ漬けの毎日ですが、普段はどのような練習をやっているんですか?

多田

年齢も年齢だし、少なくとも現状を維持するためには、何かアクションをしないと朽ち果てていくんだろうなって思っています。管楽器奏者として、わかりやすいところでは心肺機能を高める練習。そのためにはランニングやジムでのトレーニングをやっています。実は50歳くらいから始めたんだけど、昔より元気になった気がする(笑)。音楽のトレーニングという部分では、ここ1年くらいで改めて基礎練習の大切さに気づいたんです。昔は必死でやっていたんだけど、あるとき「そういう練習はもう必要ないんじゃないか」って思ったことがあった。あえてそういうことをしないという意味で。しばらくして、そのころやっていた基礎練習をやろうと思うと、なぜかできないんですよね(笑)。
今まさにデュオを組んでるスガダイローも、同じようにまったく基礎練習をやらない時期があったと聞きました。でも彼が言うには、俺と一緒にやるようになって何かの危機感を感じて、基礎練習を再開したらしいんだよね。最近では、彼がライブやコンサートの現場に入ると、決まってずっと基礎練習をやる。いろんな場所で演奏するから、その場所のピアノに慣れるために触れておくという意味もあるんだけど、とにかくそれをやるのが彼のルーティン。俺はそれが終わるまでずっと待ってます(笑)。

同じように多田さんもルーティンがあるんですよね。

多田

もちろん。この練習を1日のなかで必ずやる、っていうのを決めて毎日やっています。でも、基礎的な練習はやるんだけど、表現に直結するようなフレーズの練習はしない。ジャズは即興音楽なので、自分が持っている想いやその場その場で聴こえたものを頼りに表現したいから。いわゆるフィジカルなトレーニングはやるけど、それ以外の感性的な部分はしない、ということ。むしろ、楽器を使わないイメージ・トレーニングくらいかな。鼻歌とか歌いながら、トレーニングの最中に「イェイ!」とか言っちゃったりして(笑)。そういうほうが、自分のためになる気がするんですよね。

この記事を読んでいる高校生・受験生も、勉強をするときは自分のやり方を決めていったほうがいいんでしょうか。

多田

考えてみると、ジャズにおけるアドリブ(即興)の勉強というのは、受験勉強とすごく似ていますよね。アドリブで演奏できるようになるためには、ドレミファソラシドというスケールや、ドミソでおなじみのコードなど、いろんな基礎を身につけて初めて演奏できるもの。ジャズは理論的に音楽を組み立てていかなければならないから、身につけたスキルを応用できる能力が必要なんです。その能力を身につける方法も人によってそれぞれ違う。受験勉強も一緒ですよね。トライ&エラーを繰り返して、自分なりのやり方を見つけて、それを続けていくことが大事です。
ジャズと似ているだけではなく、世の中のことすべてに通じているんじゃないかな。受験勉強で身につけたことは、受験だけで終わるものではないです。今になって思うけど、みんなの将来に必ず役に立つはず。“学ぶクセ”や“考えるクセ”に加えて、“目の前の問題を処理するクセ”といったことは、受験勉強で必須のルーティンだよね。「この数式はこれ」とか、「この単語はこういう意味で、こうやって派生する」とか、そういった部分をおさえておかないことには、それ以上は望めない。基礎的なドリルがきっちりできるからこそ、さらに上級の問題に取り組めるってことですね。

ジャズはどの科目に似ていますか?

多田

自分の出番が回ってきたとき、瞬時にアドリブを組み立てる作業は、科目でいえば数学に似てると思っています。一つひとつの公式をしっかり覚えていないと問題が解けないじゃないですか? まさしく数学。アドリブを組み立てられる人は、必ずと言っていいほど基礎ができているけれど、「理論なんてあんまりわかんないけど、覚えてるフレーズはあるから何とかなるでしょ」っていう人は、応用が利かないからそのフレーズだけをひたすら繰り返すことしかできない。非常に効率が悪いし、つまらない。基礎を網羅しておけば、スマートにカッコよく見せるやり方が必ずあるんですよ。
ちなみに、洗足学園音楽大学のジャズ・コースの講師は、京都大学や東京工業大学、早稲田大学の出身者がいたりして、普通に音大へ行ってた人が割合的に少ないくらいじゃないかな。そういう人が教える立場にいる理由もわかりますね。彼らが受験勉強のときに、“学ぶクセ”や“考えるクセ”、“目の前の問題を処理するクセ”を培ったからだと思うんですよ。ジャズみたいに理論的な音楽だからなおさらですよね。

ジャズ・ミュージシャン/洗足学園音楽大学講師 多田 誠司さん