音楽クリエイター ヒャダイン(本名:前山田健一)さん

多くの有名アーティストに楽曲を提供する音楽クリエイターであり、最近はトーク番組のMCなどとしても活躍されているヒャダインさん。「僕の人生はほとんど思い込みと勘違いでできている」と話すヒャダインさんに、こじらせ男子だったという青春時代の思い出や、その思い込みの激しさが首尾よくプラスに作用したという進路選択の話などを伺いました。

ゲームと渋谷系の音楽に夢中になった高校時代

高校時代の思い出を教えてください。

ヒャダインさん(以下 ヒ)

大阪星光学院高等学校という中高一貫の男子校に通っていたんですが、正直言って、受験勉強以外、特にこれといった記憶がないんです。大阪でも屈指の進学校で、僕自身も勉強は好きだったんですが、まあ、あまり楽しい高校生活ではなかったですね。

恋愛にまつわる思い出話とかは……?

恋愛なんてとても。中学に入学してからは母と姉以外の異性と話をした記憶がないですね(笑)。クラスのなかでもいわゆる「一軍」の人たちは他校の女の子と合コンしたりしてましたけど、僕はもうまったく……。自転車通学だったのでバスや電車で一目惚れみたいなこともないですし、はっきりいって片思いをした思い出もないんです。

どんな一日を過ごしていたのでしょうか?

朝、起きて、自転車で学校へ行って勉強して、帰りに図書館へ寄って1~2時間勉強したら、また自転車で家に帰って……。家に帰った後はしばらくピアノを弾いてご飯を食べて、それからラジオを聞きながら勉強するかゲームをして寝る。そんな感じです。

音楽はどんな曲を聴いていましたか?

あの頃はバンド・サウンドにはあまり興味がなくて、音楽プロデューサーが作る、計算し尽くされた緻密なサウンドみたいなものに惹かれていましたね。中学生の頃はガッツリ小室さん。高校生になると、ちょっとお洒落にも興味を持ち始めて、ちょうどその頃、「渋谷系」と呼ばれる音楽が流行っていたんですけど、ピチカート・ファイヴ (※1) にはまっていました。ハッピーでバカバカしくて、カッコ良かったなあ。あと洋楽だと、割とベタなR&Bが好きでした。でもそんなにお小遣いがあるわけじゃないから、そっちはちょっとでも安くと思って輸入盤を買っていました。そう思うと今は月額1,000円で音楽聴き放題とかのサービスがあって羨ましいですね。まあ、当時はその分、一枚一枚をじっくり聴きこんでいたから、あれはあれで楽しかったんですけど。

  • ※1ピチカート・ファイヴ(1984年ー2001年):日本の音楽グループ。小西康陽、高浪慶太郎、鴨宮諒、佐々木麻美子の4人をオリジナルメンバーとして結成された。1990年代の日本において一世を風靡した「渋谷系」と呼ばれる音楽の系統に属し、「ハッピー」、「キャッチー」といった言葉で形容される。

音楽以外で何か影響を受けたものはありますか?

影響というわけじゃないですけど、ドラゴンクエストとかファイナルファンタジーとか、とにかくゲームはよくしていました。クリアした後もバカみたいにひたすらレベル上げするんです。一円の得にもならないって思いながらも、ずっとやっていましたね。

その頃は、何か夢や目標はあったんでしょうか?

うーん。ないんですよねー。夢を語ってる人を見ると、すごいなーって感じで。自分は夢を見る代わりに妄想ばっかりしていました。勇者になって冒険したり、それに飽きたら魔法使いになってみたり。妄想の世界では何でも自分のしたいようにできたので……。今考えると、この頃からいろいろこじらせていたんでしょうね(笑)。