文化人類学者/東京工業大学リベラルアーツセンター教授 上田 紀行 教授

2006年、全国大学入試で出題率第1位となった『生きる意味』(岩波新書) の著書にして、東京工業大学で教養教育を担うリベラルアーツセンター長。現代社会の問題についても様々な発言を行っている上田紀行先生に、学生時代の体験談を交えながら、教養の大切さなどについて話を伺いました。苦悩の青春を経た先生の話は優しさと笑いに満ちたものだったことも付け加えておきます。

学生に寂しい思いをさせない
そんな授業を心がけている

先生の授業が東京工業大学の学生の授業評価で全学1位になりましたが、どのような授業をしているのですか?

上田 紀行教授(以下 上田)

授業の形式としては、少人数のディスカッションを取り入れたり、ワークショップ仕立ての授業(参加型、体験型の授業)をしたり。バリ島のケチャを皆で実演したりもします。それと授業にかける熱意というか、ノリがウケてるんじゃないかと思いますね。

ノリですか?

上田

僕自身が大学時代、大教室の授業を受けていて、とても寂しい気持ちになって、落ち込んでしまったことがあるんですよね。先生は毎年教える内容が決まっていて、それを黒板に書いて授業を進め、学生はそれをノートに取っている。ということは、僕がこの教室にいてもいなくても、まったく同じ授業が行われる。僕がここにいる意味は何なのだろう。「僕がこの場にいても、いなくても、世界は変わらない」というメタメッセージ(裏のメッセージ)を毎週、数十コマの授業で浴びていたような気がするんです。

自分が大学の先生になったら、そういう思いだけは学生の皆にさせたくないなと考えていて、30歳を過ぎて非常勤講師になった頃から、一方的に講義するのではない授業を心がけてきました。例えば、ディスカッションに参加すれば、自分の意見に誰かが同意して くれたり、反応したりする。あるいは激論になったとしても、相手の世界観に影響を与えたり、変えたりすることもできます。「君が この教室にいることで、世界が確実に変わるんだ」ということが感じられる授業ですね。そのノリが学生に伝わっているんだろうと思 います。

先生は文化人類学が専門ですが、「生きづらさ」をテーマにした授業などもされていますよね。そのような授業内容も、学生の心に響いているのではないですか?

上田

僕が大学時代に感じた寂しさ、生きづらさというのは、現在も大学生に限らず、多くの日本人が持っている感覚ですよね。「自分がいなくても、社会は同じだよな」とか「選挙に行っても行かなくても、何も変わらないよな」とか。僕自身が悩み、傷つきながら、これまでいろいろなことを考えてきたので、学生の皆には、いかに僕が大学時代に落ち込んでいたか、女の子にもモテなかったし、生きる意味もわからなかったけど、そういう自分が沖縄やインドに行って、どう変わっていったかという話はよくするようにしています。

体験を通した話をされるんですね。

上田

本にも書いていますが、高校時代に母親との間にものすごい葛藤があったという話を僕がすると、学生たちは自分の親子関係のことを考える。僕の体験を話せば話すほど、皆は自分自身の人生のことを考えるんですね。「それは自分の人生とどう関わるのか」「自分の未来をどのように開いてくれるのか」というように、すべての学問は、自分の中にある経験や考えとつなげて考えることができなければ、ただの知識の集積で終わってしまいますから。知識は、自分とのつながりが明確になって、はじめて活用できるんです。だ から、学生は僕の経験と一緒に学んでくれるのではないかと思っています。