落語家 桂 かい枝さん

落語の経験がないまま、五代目桂文枝に入門した桂かい枝さん。日本の古典芸能である落語を英訳して演じる「英語落語」は、世界17カ国97都市で300回を超える公演で人気を集めている。言語や文化の違いを超える「笑い」を生み出す「RAKUGO」。伝える喜び、表現する技術などについて、“噺(はなし)“を聞いた。

英語への憧れに目覚めた中学時代
関東の大学で関西の良さを再認識

英語との出合いはいつ頃ですか?

桂かい枝(以下 かい枝)

中学校の3年間を同じ英語担当の先生から教えてもらいました。
音読とネイティブの聞き取りを徹底的にやる授業で、ビシバシと厳しい指導も受けたんですが、世界を旅した経験をよく語ってくれました。深夜、ネバダ州の真っ暗な一本道を車で走っていると、丘を超えたら突然、星空が一面に広がった、と言うんです。それがラスベガスだったとね。カッコええなぁ、英語を勉強したら、こういう感じで世界を旅できんねやっていう憧れが僕の英語の原点です。

高校時代はどうだったのですか?

かい枝

部活が第一の生活でした。朝から晩まで水球で、インターハイにも出場しました。良い成績を残した時、部活の先生が、ものすごい喜んで、洋服のままプールにザァブ~ン! それを見て、ええなぁ~と思いました。 先生って生徒と苦労を共にして何かを築き上げ、達成する喜びを実感できる仕事だと。また、うちの親戚には高校の教員をはじめ、大学などで教育に携わる者がとても多く、人を教えるとか、指導するとか、そういうDNAの流れも感じていました。それで「体育の先生になりたい」と、現役では筑波大学を受験。でも、まったく勉強してなかったので、当然のように、あかんかったです(笑)。

浪人生活は辛かったのでは?

かい枝

浪人しても、落ち込みませんでしたね。高校の時は勉強をまったくやってなかったので当たり前(笑)。でも、受験勉強には集中しました。夢中でボールを追いかけた水球のように、目標があると突き進めるタイプだったのかも。翌年には、関西の有名私立大学に合格できました。でも「それまで勉強を全然してなかったのに、1年間勉強して難関の私大に受かったんや。もうちょっと頑張れば…」と、幻想を抱いてしまった(笑)。努力すれば偏差値が上がることがおもしろかったんやと思います。もう一回勉強して受験しようと二浪目へ突入。ところが今度は、一橋大、横浜国大、早稲田大、慶應義塾大などを受験しましたが、結果は全滅…。これはショックでしたね(笑)。最終的には高崎経済大学に入学しましたが、1年ぐらいは結構、敗北感に苛(さいな)まれました。

関西から関東に移っての大学生活はいかがでしたか?


かい枝

大学のキャンパスには全国各地から学生が集まっていましてね、自分の生まれ 育った土地を離れたことで、逆に、関西の持つ「笑いの文化」の良さを実感しました。大学の仲間と話していても、みんな「面白いな、おまえ」と、よく笑ってくれました。それで友人と漫才をやり始めたんです。ネタを作って、学園祭なんかで披露すると、みんな喜んでくれる。「どんな仕事でも最終的な目的は人の役に立つということ」。人前で演じる漫才で、ダイレクトな反応を得られ、役に立っている感覚をリアルに肌で感じ始め、将来を考えるようになりました。