作家 乙武 洋匡さん

大学在学中に出版した『五体不満足』がベストセラーとなり、卒業後も、スポーツライターや小学校の教員など、幅広い活動で知られている乙武洋匡さん。手足がない体で生まれたことを、ハンデとは捉えずチャレンジを繰り返し積極的に邁進する姿は、多くの人々に、ポジティブなメッセージを発信しています。
そんな乙武さんに、その活動の原点をお聞きしました。

学歴社会に疑問を持ち一度は目的を失った受験生時代

乙武さんは、受験に対していろいろ悩まれたことがあったとお聞きしましたが?

乙武さん(以下 乙武)

中学3年生の頃、周囲が受験一色に染まっていった時のことです。なんかギスギスしだした雰囲気がいやで、その空気が耐えられなくて、「自分が行ける学校に行けばいい。だいたい学歴社会なんて……」と母親に話したことがありました。すると、「あなたが学歴社会に疑問を抱いているのはわかるし、私もそう思う。 だけど学歴の無い人間が学歴社会なんて、と言ったところで、それは負け犬の遠吠えだと受けとめられる。でもあなたが学歴を身につけて言ったら、初めてそこで説得力が出てくるんじゃない?」と言われたんです。ちょうど反抗期だった頃でしたが、その言葉はストンと胸に落ちて、その通りだなと納得しましたし、救いにもなりました。

大学受験の時はどうでしたか?

乙武

高校生の頃、弁護士になりたいという漠然とした思いがありました。ただ、高校3年生になって、何で自分が弁護士になりたいのか? と考えた時に、「なんとなくカッコいいから」とか、「自分は喋るのが得意だから」とか、そういう要素で惹かれているだけだと気づいたんです。それは弁護士という職業に対して失礼なんじゃないのかと。それでめざすべきじゃないと考えたら、急に夢がなくなってしまいました。
そうなってしまうと勉強にも身が入らず、当然ですが、最初の大学受験は全滅してしまいました。

その状況から、どのようにして立ち直ったのでしょうか?

乙武

高校のクラスメイトから「オト、進路はどうするの?」と聞かれたんです。「決まってないんだよね。やりたいこともないのに大学行くなんてどうなのかな」と答えたら、「18歳やそこらで、将来やりたいことが決まっている人なんてほんの一握りなんだから、やりたいことを見つけに大学に行くのでもいいんじゃない」と言われました。目から鱗が落ちたような気がしました。
それで、やりたいことを見つけに行くのなら、いろいろな価値観を持った人が全国から集まる大学に入れば何か見つかるかもしれないと考えたのと、母校(都立戸山高校)と雰囲気が近いように思えた早稲田大学を志望校に決めました。

受験での失敗から、逆に得たものはありますか?


乙武

先ほどもお話ししたように、現役時の受験に関しては大学進学の意欲もなかったので、僕のなかではあまり「失敗」という意識はないんです。ただ、受験にかぎらず、どんな人間でも失敗することはあると思います。こんな言葉があるのですが、「人生で唯一失敗しない方法がある。それはチャレンジしないことだ」。なるほどと思いがちですけど、それでは成長もありませんよね。失敗というのは、人を大きく成長させます。確かに傷つくことでもあるけれど、失敗がなければ成長もありません。僕はチャレンジを繰り返してきたことによって成長させてもらってきたと思っているので、今の子供たちや若い人たちにも、失敗を恐れず、積極的にチャレンジしてほしいと、強く伝えたいですね。

ただ、そうは言っても、やっぱり失敗って怖いですよ。そんな時でも僕がチャレンジし続けられたのは、友達の支えが大きかったですね。“失敗してもあいつらがいれば、きっと慰めてくれる”と思えたんです。何をセーフティネットにするのかというのは、人によって違いますが、僕は友達の存在でした。立ち向かっていく時の力になってくれるような友達を、ぜひ見つけてほしいですね。